埋木舎は、滋賀県彦根市尾末町にある旧彦根藩主井伊家の屋敷跡です。この屋敷は、彦根城の佐和口御門近くに位置し、質素ながらも歴史的な価値を持つ建物です。特に井伊直弼が藩主になるまでの約15年間、ここで過ごしたことでも知られています。
埋木舎は、宝暦9年（1759年）頃に建てられたとされる質素な屋敷です。この屋敷は、井伊家の14男として生まれた井伊直弼が、13代彦根藩主となる前に過ごした場所として有名です。直弼が天保2年（1831年）から約15年間、この屋敷での「部屋住み」の生活を送り、「埋木舎」と名付けました。元々は「尾末町御屋敷」や「北の御屋敷」と呼ばれていました。発掘調査によって、建物は何度も建て替えられてきたことが確認されており、6期にわたる変遷が明らかになっています。この敷地は、国の特別史跡「彦根城跡」に含まれており、現在は入場料を支払って見学することができます。入場料は大人300円、高校生・大学生200円、小学生・中学生は100円です。
井伊家では、藩主の子供であっても、世子以外の子供は他の大名家に養子に行くか、家臣の養子となってその家を継ぐか、または出家して寺に入ることが習わしでした。父親が藩主の間は一緒に下屋敷で暮らすことが許されますが、兄が藩主になると「控屋敷」に入り、最低限の扶持を受けて暮らすことになります。「埋木舎」は、そうした控屋敷の一つでした。この屋敷は、建物や建材も中級藩士のものとほぼ同等で、大名の家族の住居としては非常に質素なものでした。
直弼の祖父にあたる井伊直幸も、25歳で藩主を継ぐまでこの尾末町御屋敷に住んでいました。彼は控屋敷での生活を経験したことから、井伊家の子弟教育にも力を注いだとされています。直幸が力を入れた教育は、後に直弼にも大きな影響を与えました。
井伊直弼は、5歳の時に母を亡くし、17歳の時に父井伊直中も失いました。その後、直弼は弟の井伊直恭とともに尾末町御屋敷に移り住み、300俵の捨扶持を受けながら控屋敷での生活を始めます。しかし、直弼には期待された養子縁組の話がなかなか進まず、彼は江戸へも出向きましたが成果は得られませんでした。失意の直弼は、自分を「埋もれ木」に例えた次の歌を詠んでいます。
世の中を よそに見つつも うもれ木の 埋もれておらむ 心なき身は
この歌は、世に出ることのない「埋もれ木」としての自分を表現したもので、屋敷の名前「埋木舎」もここから名付けられました。直弼は、逆境にあっても自らの成すべきことに専念し、精進を続けたのです。
埋木舎の庭には柳が植えられていました。直弼はこの柳を非常に愛し、号にも「柳王舎」という名を多く使用しました。ある時、外出先で非常に腹立たしい出来事があった直弼は、帰宅して庭の柳を見て心を落ち着け、次の句を詠んでいます。
むっとして 戻れば庭に 柳かな
また、屋敷には直弼が「澍露庵（じゅろあん）」と名付けた小さな茶室もありました。ここで直弼は心を整え、茶の湯を楽しんだとされています。
1985年以降、6回にわたる発掘調査が行われ、埋木舎は建て替えが6期にわたることが確認されました。特に、トイレの遺構が発見され、当時の生活様式を示す貴重な発見がなされました。母屋棟からは、玄関の左奥に位置するトイレが確認され、その保存状態は非常に良好でした。また、台所棟からも3つのトイレが確認されています。
1984年、豪雪によって埋木舎は倒壊し、その後修復作業が行われました。修復は約4年にわたり進められ、1991年に完了しました。修復後、直弼が住んでいた頃の状態に復元され、同年4月1日から一般公開が始まりました。この修復により、建物の創建時期が1759年頃であることも確認されました。
埋木舎での生活中、直弼は多くの学問や技芸に励みました。特に国学、禅、儒学、洋学に精通し、武術や茶の湯、能面作りなどにも没頭しました。特に居合では「新心流」から「新心新流」を開き、茶の湯では「宗観」の名を持ち、「一期一会」という言葉を残しました。直弼は、日々の修練に励みながらも苦悩を抱えた青春時代を過ごしたことがうかがえます。
埋木舎は、滋賀県彦根市尾末町1-11に位置しています。最寄り駅はJR琵琶湖線（東海道本線）や近江鉄道本線の彦根駅で、徒歩約10分でアクセスすることができます。