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浄厳院

(じょうごんいん)

滋賀県近江八幡市安土町慈恩寺にある浄土宗の寺院で、浄厳院はその名で知られています。山号は金勝山(こんぜさん)で、本尊は阿弥陀如来です。正式には「金勝山 慈恩寺 浄厳院」といいます。

概要

浄厳院は、かつて近江守護の佐々木六角氏によって建立された天台宗の寺院、慈恩寺威徳院の跡地に建てられた寺院です。信長によって再建され、その歴史には多くの興味深いエピソードが含まれています。

歴史

浄厳院のある地には、正平年間(1346年 - 1370年)に佐々木六角氏頼によって建立された天台宗の寺院、慈恩寺威徳院が存在していました。しかし、この寺院はその後、戦火によって焼失してしまいます。

天正5年(1577年)、織田信長は浄土宗の僧である浄厳坊明感を安土に招き、旧慈恩寺の地に浄土宗の寺院・浄厳院を建立しました。これにより、かつて天台宗の寺であった場所に、新たな浄土宗の寺院が誕生したのです。

移築と信長の関与

信長は、浄厳院の本堂や本尊を他の場所から移築しました。具体的には、本堂は多賀村(現・近江八幡市)の興隆寺の弥勒堂を移設したものであり、本尊の阿弥陀如来坐像は愛知郡(えちぐん)から移したとされています。しかし、一説によると、阿弥陀如来像は犬上郡甲良町下之郷にあった二階堂宝蓮院の本尊であり、信長がその像を持ち去ったという伝承もあります。

さらに、天正7年(1579年)には信長の命により、浄土宗と日蓮宗の僧侶による仏教論争、いわゆる「安土宗論」が当寺で開催されました。この論争は信長の強い政治的意図が背後にあり、最終的に日蓮宗の敗北として決着がつきました。

境内の構造と文化財

浄厳院の境内には、多くの文化財が残されています。これらの建築物や仏像、塔は歴史的にも美術的にも貴重なものです。

本堂(重要文化財)

浄厳院の本堂は、入母屋造りの本瓦葺きで、正面7間、側面6間の大規模な建築です。この本堂は信長が多賀村から移したもので、現在もその荘厳な姿を保っています。

鐘楼(近江八幡市指定有形文化財)

鐘楼は近江八幡市の指定有形文化財となっており、浄厳院の静けさを象徴する建物です。鐘楼の音は、訪れる人々に安らぎを与えます。

不動堂(近江八幡市指定有形文化財)

境内には不動堂もあり、こちらも近江八幡市指定の有形文化財に指定されています。不動明王が安置されており、参拝者が祈りを捧げています。

その他の建物

楼門(重要文化財)

楼門は室町時代後期に建てられたもので、元々この地にあった慈恩寺の門をそのまま利用しています。時代を感じさせる風格ある門は、歴史の証人として今も残っています。

文化財

重要文化財

滋賀県指定有形文化財

近江八幡市指定有形文化財

交通アクセス

浄厳院へのアクセスは非常に便利です。最寄り駅はJR東海道本線(琵琶湖線)の安土駅で、そこから徒歩10分ほどで到着します。また、安土駅や近江八幡駅(JR東海道本線、近江鉄道八日市線)からは、あかこんバスを利用して浄厳院停留所で下車することもできます。

アクセス方法

浄厳院は、歴史と文化を感じながら、自然の中で心を癒す場所です。歴史的な背景や文化財を見学し、静かな時間を過ごすことができる浄厳院は、訪れる価値のある観光地です。

Information

名称
浄厳院
(じょうごんいん)

彦根・近江八幡

滋賀県