滋賀県米原市能登瀬に位置する山津照神社古墳は、息長古墳群の一つで、滋賀県指定史跡となっています。形状は前方後円墳で、古墳時代後期の6世紀中頃に築造されたと推定されており、出土品は滋賀県指定有形文化財に指定されています。
山津照神社古墳は、湖北地方を代表する後期の前方後円墳であり、墳丘の長さは46.2メートルに達します。墳丘の北側には前方部があり、後方部はやや奥まった位置に配置されています。段築や葺石は認められていないものの、石見型盾形埴輪や円筒埴輪が巡らされています。また、北側のくびれ部には祭祀跡と考えられる遺構が存在し、造出があった可能性も指摘されています。
埋葬施設は横穴式石室で、内部には家形石棺が設置されています。この石棺からは金銅製の冠や刀剣、水晶製の三輪玉などが発見され、当時の権力者が埋葬されていたことを示唆しています。これらの副葬品は考古学的にも貴重な資料として評価されています。
山津照神社古墳は、息長古墳群に属し、古墳群全体が坂田郡の豪族、息長氏の首長墓群とされています。息長氏は古代の豪族であり、古くは神功皇后の父である息長宿禰王の墓であるとする説も存在します。
息長古墳群の他にも、琵琶湖対岸には鴨稲荷山古墳(高島市鴨)などが存在し、これらの古墳は、息長氏や三尾氏が関与していたとされ、古代の歴史的背景を理解する手がかりとなります。山津照神社古墳は、これらの古墳の中でも特に豪族の威信を象徴する重要な遺跡です。
1882年(明治15年)の山津照神社での工事の際に古墳が発見され、石棺や遺物が出土しました。その後、1940年(昭和15年)には京都大学考古学教室が出土品の調査を行い、1957年(昭和32年)にはこれらの出土品が滋賀県指定有形文化財に指定されました。
1994年(平成6年)には、京都大学文学部考古学研究室による墳丘測量調査や墳丘裾の発掘調査が実施され、墳丘の詳細な構造が明らかになりました。これにより、当時の工法や埋葬習慣について貴重な知見が得られています。
1969年(昭和44年)、山津照神社古墳は滋賀県指定史跡に指定され、また出土品は1957年と2006年に滋賀県指定有形文化財に追加指定されています。出土品は滋賀県立琵琶湖博物館および滋賀県立安土城考古博物館で保存・展示されています。
山津照神社古墳からは以下のような貴重な出土品が見つかっており、これらは古代の文化や技術を物語る資料として重要視されています。
山津照神社古墳は、観光地としても訪れる価値のある場所です。訪問時には、古代の歴史や文化を感じることができるでしょう。また、山津照神社が近くにあり、参拝も併せて行うことができます。
山津照神社古墳の周辺には、多くの観光スポットが点在しています。以下に、訪問時に立ち寄りたいスポットをご紹介します。
山津照神社古墳は、息長氏に関わる豪族の歴史を今に伝える貴重な遺跡です。その出土品や構造は、古代の豪族文化や歴史的背景を理解するための重要な手がかりを提供しています。観光地として訪れることで、古代の滋賀県と豪族の歴史に触れることができるでしょう。また、山津照神社古墳を訪れる際には、周辺の観光スポットも併せて楽しむと、充実した観光体験を得ることができます。